人的資本経営の海外動向|欧州や米国の取り組みは?実践手順も紹介

人的資本経営 |

近年、日本でも注目が集まっている人的資本経営ですが、海外では日本より早い段階から取り組んでいる国も少なくありません。本記事では、海外における人的資本経営について、ヨーロッパやアメリカをはじめ、各国の動向を解説します。人的資本経営の具体的な取り組み方や手順、国内における事例なども解説するため、ぜひ参考にしてください。

そもそも人的資本経営とは

そもそも人的資本経営とは、どのような経営手法を指すのでしょうか。経済産業省は、人的資本経営を次のとおり定義しています。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
引用:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~|経済産業省

人的資源から人的資本へ

従来の日本では、企業における人材は消費する「資源」として捉えるケースが一般的でした。しかし、現在では社会の変化に伴い、人材を投資すべき「資本」として捉え、その価値を最大化する考え方が注目されています。「人的資源」から「人的資本」へと考え方をシフトする企業の増加に伴い、人的資本経営の重要性が高まっています。

人的資本経営が重視される背景

近年、世界中で人的資本経営が重視される背景には、次のような理由があります。

イノベーションの重要性の向上

技術の進歩が目まぐるしい近年、ただ技術力を高めるだけでは、他社との競合優位性を保つことが困難になりつつあります。他社との差別化を図るために重要とされているのが、イノベーションの創出です。従業員1人ひとりの価値を最大限活かす人的資本経営は、イノベーションが起きる環境づくりにつながるため、多くの注目が集まっています。

投資家や消費者の意識変化

近年、ESG経営やSDGsへの取り組みに注力している企業を、高く評価する投資家や消費者が増えています。そのため、社会の要請に応え、投資家や消費者からの企業評価を高めるためにも、人的資本経営を実現するための取り組みは、多くの企業にとって必要不可欠といえるでしょう。

雇用の流動性の高まり

雇用の流動性が高い社会では、人材には積極的な自己投資、企業には人材をつなぎとめるための取り組みが求められます。日本でも、終身雇用制度の崩壊とともに、雇用の流動化が進んでいるのが現状です。これを受けて、人的資本経営の注目度がますます高まっています。

人的資本経営によって向上する3つの要素

人的資本経営を実践することで、「生産性」「従業員エンゲージメント」「市場での競争力」の向上が見込めます。ここでは、人的資本経営によって向上する3つの要素について解説します。

1.生産性

人材への投資を継続的に行えば、従業員のスキルを高めることが可能です。また、人材を資本と捉えて、個々の能力やスキルを可視化すれば、適切な人材配置を実現でき、生産性の向上にもつなげられるでしょう。

2.従業員エンゲージメント

人材に投資すると、従業員の企業に対する満足度を高めることができます。企業に対する従業員エンゲージメントも上昇し、従業員のパフォーマンス向上をもたらすでしょう。結果的に、従業員の離職防止にもつなげることが可能です。

3.市場での競争力

「この企業は従業員を大切にしている」というプラスのイメージを持ってもらえれば、顧客から選ばれる可能性が高まります。また、求職者へのアピールポイントにもなるため、よりよい人材を確保しやすくなり、市場における自社の競争力を高められるでしょう。

海外における人的資本経営の動向

ここでは、海外における人的資本経営の動向について、わかりやすく解説します。

2018年、人的資本経営の国際標準規格が制定

2018年、国際標準化機構により、人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」が制定されました。各国では、このISO30414をベースに、人的資本情報開示を義務付ける動きが活発化しています。ISO30414では、人的資本経営の情報開示における項目を、11の領域に区分しています。

11の領域は、以下のとおりです。

  1. 倫理とコンプライアンス
  2. コスト
  3. ダイバーシティ
  4. リーダーシップ
  5. 組織風土
  6. 健康・安全・幸福
  7. 生産性
  8. 採用・異動・離職
  9. スキルと能力
  10. 後継者計画
  11. 労働力

ヨーロッパの動向

2014年に、ヨーロッパでは従業員500人以上の企業を対象に、「社会と従業員」を含む情報開示が義務付けられています。2023年発行の「企業持続可能性報告指令(CSRD)」では、対象の企業がさらに拡大され、開示情報が具体化されました。これにより、ジェンダー平等や賃金、トレーニングやスキル開発などに関する情報の開示が必須となっています。

アメリカの動向

アメリカでは、2019年に人的資本経営に関するプロジェクトがスタートし、業種ごとの具体的な開示項目・指標が決定されました。また、2020年以降は、米国証券取引委員会(SEC)により、人的資本の情報開示が義務化されています。

【国別】ヨーロッパ各国における人的資本経営の動向

ここでは、ヨーロッパ各国における人的資本経営の動向について、詳しく解説します。

イギリスの動向

イギリスは、ヨーロッパのなかでも他国に先駆けて、人的資本の情報開示に取り組んできた国です。教育システムや採用制度の特性から課題とされてきた、若年層~ミドル層のスキル形成を後押しするため、2017年には働きながら能力開発プログラムを受講することによって、就業を継続しつつスキルアップを目指せる制度「アプレンティスシップ・スタンダード」を整備しました。

ドイツの動向

ハイテク産業・自動車産業の州として知られている、ドイツのバーデン・ビュルテンベルク(BW)州で、1974年に開校、2009年に州立大学化された「デュアル大学」は、労働者のスキルの底上げに一定の役割を果たしています。

デュアル大学は、ドイツの職業人育成システム「デュアルシステム」を高等教育水準に適用したもので、職業訓練と高等教育を同時に受けることが可能です。さらに、パートナー企業との連携により、訓練生の経済的負担を軽減しつつ、優秀な人材を早期に獲得できる仕組みを整えています。また、ISO30414の認証を世界で初めて取得したのも、ドイツの銀行とされています。

スウェーデンの動向

スウェーデンは、雇用の流動性が高いことで知られる国です。大学までの授業料が無償化されているため、社会人になってから必要なスキルを学び直しに、大学に入学する人も少なくありません。また、再就労支援NPOを中心としたアウトスキリングの仕組みが整えられているなど、学び直しがしやすい環境であるのも特徴です。

【企業事例】日本における人的資本経営の実施状況

近年は、日本でも人的資本経営に取り組む企業が増えつつあります。以下では、人的資本経営を実践している国内企業の事例を紹介します。

旭化成株式会社

旭化成株式会社では、2021年度に人財戦略プロジェクトを立ち上げ、2022年には、中期経営計画に連動した人材戦略を策定しました。

従業員1人ひとりが学び・挑戦を常に続けていく「終身成長」と、グループが有する多様な資産(技術力や人財など)を有機的につなげる「共創力」の2本の柱で、従業員のウェルビーイングと働きがいの向上、そしてグループの競争力向上の好循環を生みだすことに成功しています。

アステラス製薬株式会社

アステラス製薬株式会社では、従業員データのプラットフォームを統合し、全世界共通のシステムで人材情報を管理しています。さらに、世界共通のグレード体系を確立し、すべての拠点で同じ指標・プロセスに基づく職務評価を実施することで、一貫した人材マネジメントを実現しているのもポイントです。

また、部長クラス以上を対象とした「サクセッションプランニング(後継者育成プラン)」や、従業員が世界中のポジションに応募できる「ジョブポスティング」などにも、積極的に取り組んでいます。

オムロン株式会社

オムロン株式会社では、グローバルリーダーの育成に取り組むため、自社の成長とビジネスモデルの変革を牽引する「グローバルコアポジション」を設定し、求める人材の要件を定義しています。また、企業理念の1つとして「人間性の尊重」を掲げ、国際的な規範やガイドラインに沿った人権方針を、制定している点も特徴です。

人的資本経営の実践手順

それでは、人的資本経営を実践するにあたって、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。

人的資本経営の実践手順は、以下のとおりです。

  1. 目標を策定し、現在とのギャップを把握する
  2. 具体的な施策を考案し、KPIを設定
  3. 施策の効果を検証する

ここでは、それぞれのステップについて詳しく解説します。

1.目標を策定し、現在とのギャップを把握する

まずは、人的資本経営の方針を決定したうえで、自社が目指すべき姿を定めることが大切です。策定した目標と現状のギャップをしっかりと把握することによって、必要とされる人材戦略を思い描くことができます。

2.具体的な施策を考案し、KPIを設定

次に、自社の目指すべき姿を実現するために、必要な施策を考案します。それぞれの施策には、KPI(具体的な数値目標)を設定して、達成すべき目標を明確化しましょう。

3.施策の効果を検証する

施策を実施したら、人事データやエンゲージメントサーベイの結果を分析して、施策の効果を検証します。即効性を期待するのではなく、長期的な視点でPDCAサイクルを回すことが大切です。

人的資本経営の具体的な取り組み方

ここでは、人的資本経営の具体的な取り組み方について解説します。

人的資本経営を実践するための主な施策は、以下のとおりです。

  • 人材戦略と経営戦略を紐づける
  • 人材ポートフォリオを作成する
  • 企業文化の醸成に取り組む
  • 従業員の継続的な成長機会を提供する

それぞれの取り組みについて、以下で詳しく解説します。

人材戦略と経営戦略を紐づける

人材戦略と経営戦略は、表裏一体のものとして紐付けて考える必要があります。両者の間に隔たりがあると、「経営戦略上重要な人材を確保できない」といった事態にもなってしまいかねません。人材戦略の具体的な取り組みを策定する際は、自社の経営戦略とのつながりを意識しながら検討することが大切です。

人材ポートフォリオを作成する

人材ポートフォリオとは、従業員個人のスキルや経験などを資料としてまとめたものです。人材ポートフォリオを作成し、人材情報をきちんと可視化することで、適切な人材配置や人材の拡充が可能となります。

企業文化の醸成に取り組む

企業文化が定着している企業では、従業員が1つの目標に向かって、団結して取り組むことができます。企業文化を醸成するためには、企業として目指すべきビジョンやミッションを、従業員に共有することが大切です。

従業員に継続的な成長機会を提供する

人的資本経営では、従業員のスキルや能力を最大限活かすことが重要です。従業員の継続的な成長を支援するため、学習機会の提供や制度の整備に取り組みましょう。従業員1人ひとりが自分のキャリアを見据え、必要な知識やスキルを習得できるよう支援することが大切です。

まとめ

欧米を中心に、海外では人的資本経営への取り組みが以前より行われてきました。時代の潮流や社会課題に対応し、市場での競争力を高めるためにも、人的資本経営への取り組みは、今後日本企業においてもますます欠かせないものとなっていくでしょう。

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この記事を監修した人

株式会社オンアド

株式会社オンアドは野村ホールディングス、千葉銀行、第四北越銀行、中国銀行の4社により設立された投資助言会社です。「すべての人が最善のアドバイスにより、理想の未来をかたちにする」というビジョンのもと、商品販売を一切行わず、アドバイスに特化した新しい金融サービスをオンライン完結でご提供します。

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